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〔左右巻定義における、図鑑記載での混乱理由・牧野式定義の原点、などを推理する〕(2009/10/31)
《はじめに》
山口(2009)は、「トピック・つる植物の茎の右巻き左巻きからの脱却の提言」の中で、ヘクソカズラ、マルバアサガオ、マルバルコウなどについて以下のように記し、初心者などが植物観察時の左右巻きについて、図鑑類の記述を頼りに考察した場合の混乱の一例としてあげた(下記3行参照)。
牧野式の「新牧野日本植物図鑑2008」では、この3種はいずれも左巻き(左手親指方向巻き)としている。
逆の立場である「日本の野生植物1982」でも、この3種はいずれも左巻き(右手親指方向巻き)としている。
それぞれ優れた図鑑であるが少々混乱している。
両図鑑では共に左巻きと記載しているが、定義は相反する定義を採用しているため、少々混乱しているとしたが、これに対し2009年10月に垰田 宏氏より、大変説得力のある考察が寄せられた。
なぜこのような相反する記載になったのかを推測していくと、図鑑類の製作や記載工程についてまで思考をめぐらすことになり、一般のアマチュアが図鑑を読む上でも大変参考になると思われ、垰田(たおだ)氏のご考察を参考にさせていただき、以下解説をする。
《両図鑑の左右巻きに対する定義》(図参照)
・各種出版されている牧野図鑑では、従来から植物の茎の巻き方については、一貫して牧野式定義(Z巻きを=左巻き、S巻きを=右巻き)が用いられている。
・日本の野生植物では、草本T・木本Tのそれぞれ植物用語の図解2で、Z巻きを=右巻き、S巻きを=左巻きと定義している(通称、反牧野式定義)。
実際の植物は、ヘクソカズラはS巻き(右手親指方向巻き)、マルバアサガオとマルバルコウはZ巻き(左手親指方向巻き)なので、ヘクソカズラでは牧野図鑑の定義と記載とが相反して異なり、マルバアサガオとマルバルコウは日本の野生植物の定義と記載とが相反して異なっている。
《牧野図鑑での推理》
牧野(1940・1952・1959)など、「牧野日本植物図鑑」では、各植物の茎の状態を、
・ヘクソカズラ、「茎ハ左方ニ纏繞シテ長ク伸ビ」と記している。
・マルバアサガオ、「左巻キノ纏繞茎ヲ有シ」と記している。
・マルバルコウ、「茎ハ長ク延ビ、他草木ニ纏繞ス」と記している。
牧野(1961)以降の「牧野新日本植物図鑑」では、
・ヘクソカズラ、「茎は左巻きで長く伸び」と記している。
・マルバアサガオ、「茎は左巻で」と記している。
・マルバルコウ、「茎は長くのび左巻きで、他物にまつわる」と記している。
新図鑑である牧野(1961)以降は、牧野富太郎の著作をもとに当時の代表的植物学者が編集を行っており、カナ文字混じりの旧書式から、現在のひらがなに直した表現に書き改められている。膨大な改版のための改稿作業は、編集者が自ら行ったのか、出版社の関係者が下書きを行って編集者がチェックすると共に新情報を加えて行ったのか、あるいは指示のみして進めたものなのか、定かではないがいろいろと考えられる。
この改稿作業のときに、ヘクソカズラの「左方ニ纏繞シテ長ク伸ビ」を、単に「左巻きで長く伸び」と書き換えてしまった可能性が高い。
「左方ニ纏繞シテ」の、「纒」は「テン、デン、まと・う、まとい」、「繞」は「ジョウ、ニョウ、まと・う、めぐ・る」であり、
「左の方へまとわりついてめぐっていく」と解される。すなわち、「左上の方に向かってまといついていく(図の右手親指方向巻き)」のであるから、「S巻き」の意味である。「S巻」は、牧野式定義の「右巻き」であり、反対の意味の表現に書き換えられてしまったのではないかと推測ができる。
《日本の野生植物での推理》
先に述べたように、図鑑全体としては茎の巻き方を、通称反牧野式(Z巻き=右巻き、S巻き=左巻き)と図解して定義をしている。ところが、草本3巻、木本2巻と膨大な内容であり、各科の解説は当時の代表的植物学者が執筆を行っており、書き手はそれぞれ異なっている。ヘクソカズラはアカネ科であり、マルバアサガオとマルバルコウはヒルガオ科であり、これらの科の執筆は別の方が執筆されている。
科の解説中には執筆者の巻き方定義の考え方がそのまま記載され、これと図鑑の定義とを統一する作業は行われなかった可能性がある。そのため、執筆者の巻き方定義の考え方が異なる場合には、そのまま執筆者による違いが残っていて混乱することになったものと考えられる。
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《牧野式つるの巻き方定義の原点》
牧野(1913)中の植物記載學術語彙には、『右纏ノ(Sinistrous)』および『左纏(Dextrorse)』について記載がある。
以下引用すると、
――――<植物記載學術語彙 ウ項での引用>―――――――――――――――――――――
右纏ノ(Sinistrous) 纏繞莖ガ支柱體ニ纏ヒ著ク状態ノ一ニシテ、時計ノ針ガ進行スル向ニ生長スルモノヲ云フ。ふじノ莖ハ右纏ナリ、方向ヨリイヘバ東南西北ト進行ス。「左纏」ノ項参照。
――――<植物記載學術語彙 サ項での引用>―――――――――――――――――――――
左纏(Dextrorse) 纏繞莖ガ或ル支柱物ニ纏ハル場合ニ、あさがほノ如ク、東北西南ノ方向ニ発育スルモノヲ云フ。即チ左ヘ左ヘト巻キツ、生長シ行クナリ。是レ通語ノ左巻キニシテ時計ノ針ノ進ムノト反對ノ方向ヲ示ス。原語ノDextrorseハ右ト云フ字ト囘轉ト云フ字ガ合シテ成レルモノニシテ、字面通リ譯セバ右纏トナルベケレドモ、其ノ意味ハ右ヨリ左ニ囘轉スルコトナリ。故ニ日本ノ慣語ニテ言フトキハ、左巻キ即チ左纏ナリ。即チ西洋ニテハ上ノ「右カラ左ヘ」ノ上半ヲ用ヰテ右ヨリ廻リ来ル意ニテ呼ビ、我ガ邦ニテハ其ノ下半ヲ用ヰテ左ヘ廻リ去ル意ニテ呼ブナリ。
――――<引用終わり>―――――――――――――――――――――――――――――――
ここで注目すべきは、『右纏ノ(Sinistrous)』、『左纏(Dextrorse)』、と記述していることである。
Sinistrousは「左側の,左の;左ききの;〈巻貝などが〉左巻きの.」、Dextrorseは「(つるなどが)右巻きの」などに訳される(小学館)。すなわち、『右纏ノ(原語の左巻き・・・)』、『左纏(原語の右巻き・・・)』と、牧野は記述している事になる。
牧野は一見矛盾するこのことを『左纏』の項で、
『原語ノDextrorseハ右ト云フ字ト囘轉ト云フ字ガ合シテ成レルモノニシテ、字面通リ譯セバ右纏トナルベケレドモ、其ノ意味ハ右ヨリ左ニ囘轉スルコトナリ。』と説明して定義としている。
このことが、後に物理学、化学、動物学の定理とは異なるとされ牧野式とは逆の定義が用いられ、結果として多くのアマチュアが左右巻きの定義について混乱をきたしてきたことの、出発点ではないかと考えられる。
牧野のこの考えを推測すると、時計回りを右巻き、反時計回りを左巻きとする根本的考えが大基にあり、それに左右巻定義を合わせる。そうしなければ巻き方の呼称に矛盾が生じる・・・という考え方が牧野の中になかったか?、右纏・左纏の記載内容を読むと、『時計ノ針ガ進行スル方向』が強く意味を持つように感じられ、筆者にはそう思えるのであるが、如何であろうか。
尚、植物記載學術語彙に『左纏・右纏』についての記載があることは、垰田氏よりご紹介いただいた。筆者は当初この文の内容が良く理解出来なかったが、内容についても垰田氏にご教示いただいた。お読みになる方の参考にしていただきたく、以下に『左纏』の部分を独断的に解読してみた。
(参考:左纏(Dextrorse)引用文の独断的解読)
『纏繞莖ガ或ル支柱物ニ纏ハル場合ニ、あさがほノ如ク、』、「つる先が支柱に巻きつく場合に、アサガオのように、」
『東北西南ノ方向ニ発育スルモノヲ云フ。即チ左ヘ左ヘト巻キツ、生長シ行クナリ。』、「東から北へ向かい、北から西へ回り、更に南の方向に回りながら伸びていく植物、すなわち左へ左へと巻きつきながら伸びて行くことである」(図の反時計回り)
『是レ通語ノ左巻キニシテ時計ノ針ノ進ムノト反對ノ方向ヲ示ス。』、「これは一般に言う左巻きで、時計の針の進むのと反対の方向の巻き方である」
『原語ノDextrorseハ右ト云フ字ト囘轉ト云フ字ガ合シテ成レルモノニシテ、字面通リ譯セバ右纏トナルベケレドモ、』、「原語のDextrorseは"右"と"回転"とが合一したもので、その通りに訳せば右巻きという意味になるが、」
『其ノ意味ハ右ヨリ左ニ囘轉スルコトナリ。』、「その意味は右から左に回転する<自分自身が植物になった場合、右手を前に出し左方向にひじを曲げた形で手先が伸びていくように巻きついて進んで行く(図の右腕巻き)>ことである」
『故ニ日本ノ慣語ニテ言フトキハ、左巻キ即チ左纏ナリ。』、「すなわち日本の慣習で言うと、左巻きのことである」
『即チ西洋ニテハ上ノ「右カラ左ヘ」ノ上半ヲ用ヰテ右ヨリ廻リ来ル意ニテ呼ビ、』、「西洋では『右から左へ』の文字の中の『右から』の部分を用いて右より回って来る意味で扱い、」
『我ガ邦ニテハ其ノ下半ヲ用ヰテ左ヘ廻リ去ル意ニテ呼ブナリ。』、「日本では『右から左へ』の文字の中の『左へ』の部分を用いて左へ回る意味で扱う」
以上
《今後のために》
巻き方の定義は文部省と日本植物学会による、「学術用語集 植物学編(増訂版 1990)」にも定義がされている。しかし多くのアマチュアは身近な文献を参照して人により定義の考え方が異なり、また今まで述べてきたように文献でも実際に混乱がおきている。左右巻きの表現を使用する限りは、しばらくはこの混乱からは脱却できない。
読者の利便性を考慮した図鑑を作るということは大切なことであり、左右巻きの混乱をおさめる考え方、すなわち「左巻き、右巻き」の表現を使用しない方法が今後の多くの文献で用いられていけば、いずれこの混乱からの脱却ができるものと考える。
《謝辞》
本頁を記載するキッカケは、広島県の垰田 宏氏より大変優れたご考察をいただいたことが発端であり、加えて重要な資料のご紹介や貴重なご指摘やご教示を多数いただいた。垰田氏に深く感謝するとともに心より御礼申し上げます。(2009/10/31;山口純一)
参考文献
プログレッシブ英和中辞典 第3版 1980,1987,1998. 小学館.
佐竹義輔ほか 1981〜1989. 日本の野生植物 草本TUV・木本TU.平凡社.
牧野富太郎 1913. 植物記載學術語彙, 植物学講義 第2巻 植物記載学.大日本博物学会.<国会図書館 近代デジタルライブラリー. http://kindai.ndl.go.jp/index.html >(2009/10/31)
牧野富太郎 1940・1952・1959. 牧野 日本植物図鑑.北隆館.
牧野富太郎著 前川文夫・原寛・津山尚編 1961・1981. 牧野新日本植物図鑑.北隆館.
牧野富太郎著 大橋広好・邑田仁・岩槻邦男編 2008. 新牧野日本植物図鑑.北隆館.
参考サイト
垰田 宏 2009. 広島の植物ノート 別冊 ヤマフジのつるは左巻き?. http://forests.world.coocan.jp/fnote/?p=281(2009/10/31アクセス) (専門的内容が掲載されていて優れた内容です)
垰田 宏 2009. 広島の植物ノート 別冊 右巻き、左巻きのナゾ.
http://forests.world.coocan.jp/fnote/(2009/10/31アクセス) (本頁の出発点であった垰田氏が、詳細な考察をなされました)
山口純一 2009. 日本の野生植物検索表 つる植物の茎の右巻き左巻きからの脱却の提言. http://homepage2.nifty.com/syokubutu-kensaku/topic16.html(2009/10/31)
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