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つる植物の茎の右巻き左巻きからの脱却の提言〕 (09/1/30初稿;09/2/10改定;10/11/4pdfファイルに追記)

はじめに
 つる植物の茎の巻きかたについては、Web検索すると多くのサイトで話題としてあげられ、多くの記述がされている。しかし混乱の現状の解説や、茎の巻き方と「左巻き、右巻き」との関係を論ずるものがほとんどで、この混乱を解消するための提言は少ない。筆者はアマチュアでありその任ではないが、この問題をすこし思考してみた。

 牧野富太郎が「右手で握って親指方向に進むものを右巻き、左手で握って親指方向に進むものを左巻き」と長年指導され、多くの人々がこれを使用してきた。また左右巻きの呼び方は当時の文部省と牧野富太郎とで決めたが、物理学、化学、動物学の定理とは異なるため、リンネや木原均の提唱する左巻き、右巻きの定理と対立してきた(室井綽2003)。江戸期の貝原益軒「大和本草1708」では、忍冬(スイカズラ)は左巻きとされ、牧野式の右巻きとは異なっている(朝日百科植物の世界1997)。巻き方表現の混乱は古くからあったと思われる。尚、現在の文部省検定の教科書には、混乱を避け右巻き左巻きの記述はないとされる(切手植物園)。
 こうした経緯を経て最近の文献の多くでは、牧野式と逆の立場での「左・右」が用いられている。例えば「日本の野生植物1989」では「観察者の前にある1つの点が、観察者から見て右回り(時計回り)に円運動をしながら前方へ進むと、その軌道は1つのらせんをつくる。これを右巻き」と、牧野式とは反対の定義がされている。

 反牧野式定義での左右の巻き方を連想する手法には、「前から見て右から左に巻きながら登るのを左巻き」(神奈川県植物誌2001)、「左手を斜めに伸ばした方向が左巻き」(中村僉雄氏、私信)、「巻き方は右肩上がりが新しい右巻」(広沢毅氏)、「蔓が自分の体の左側を巻き付く相手にすり寄せるようにして巻き付くのを左巻き」(本多郁夫氏)、などが見られ、各地でいろいろ覚えやすい工夫をされていると思われる。「朝日百科植物の世界1997」では、「手を握って親指と人差し指を立て、右手の人差し指を曲げた方向に蔓が巻きついていれば右巻き」としているが、親指と人差し指を入れ替えた牧野式の二番煎じのようでまぎれそうでもある。
 日本の文献での左右巻きに関しては混乱をまぬがれないことから、数年前から筆者は「左・右」を使用しない方法が必要と考え、「上から見て時計回り、反時計回り」で巻き方を判断する手法をとっていた。「HP切手植物園」では右巻き左巻きというとらえ方をやめて、「右手巻き、左手巻き」を提唱している。尚、正面から見たつるの斜めの傾きを、「S・Z」の文字中央部の傾きに見立てた「S巻き、Z巻き」の表現もある(ウィキペディア)。


               
(プリント用Pdfファイル→つるの巻き方図)
つる植物の巻き方図、S巻きZ巻き、右巻き左巻き、右手親指方向巻き左手親指方向巻き、右腕巻き左腕巻き、右ねじ巻き左ねじ巻きこの頁top

観察現場での混乱
 初心者が文献を頼りに、ヘクソカズラ、マルバアサガオ、マルバルコウなどの茎の巻き方を調べる場合を考えてみていただきたい。
牧野式の「新牧野日本植物図鑑2008」では、この3種はいずれも左巻き(左手親指方向巻き)としている。
逆の立場である「日本の野生植物1982」でも、この3種はいずれも左巻き(右手親指方向巻き)としている。
それぞれ優れた図鑑であるが少々混乱している。

(追記2009/10/31;両図鑑では共に左巻きと記載しているが、定義は相反する定義を採用しているため、「どちらかが間違っている」としたが、「少々混乱している」に修正した。上記混乱については、垰田 宏氏より大変説得力のある考察が寄せられ、「左右巻定義における、図鑑記載での混乱理由・牧野式定義の原点、などを推理する」と題し、相反する表記がなぜ起こったのかを別途トピックに推理解説した)


更に他の文献を調べてみると、
「原色日本帰化植物図鑑1976」では、マルバアサガオ、マルバルコウは左巻きとしている。
「野に咲く花1989」では、ヘクソカズラは左巻きとしている。
「日本帰化植物写真図鑑2001」では、マルバアサガオは左巻きとしている。
上記三図鑑では用いている茎の巻き方の定義がみつけられず、指標となるフジ、ヤマフジの掲載もなかったため、牧野式か否であるかの判断ができなかった。

最適な表現との出会い
 筆者が所属する会のつる植物の観察会(08/9/10)で使用された資料に、つる植物を生態別に区分けした表があり、中の項目名として「右手親指方向巻き」、「左手親指方向巻き」の表現が使われていた。資料は山下照子氏が作成したもので、氏が熟考の上で項目名として用いられたとのことである。この表現の最も優れていることは、読んだままで理解ができ、余分な思考がいらず、定義がまったく必要ないことである。他の表現方法では、定義がともなわなければ牧野式か否かの判断をするのに大変手間どったり、上記事例のようにどちらの定義を用いているのかが不明な場合もある。

 牧野式表現では「フジは右巻き、ヤマフジは左巻き」。反牧野式では「フジは左巻き、ヤマフジは右巻き」、として別に定義がなされる。「S巻き、Z巻き」も定義が必要で、「右手巻き、左手巻き」も省略しすぎでやはり説明がいる。筆者の用いていた「時計回り、反時計回り」の場合には、「上から見て」を付随させなければならず、やはり最良の表現とはいえない。

「フジは右手親指方向巻き、ヤマフジは左手親指方向巻き」とした場合には、定義も説明も不要でこのまま完結してしまう。筆者はこの特別にひねらない表現方法を思いつかず、コロンブスの卵ではないがこれを目にしたとき大変優れた表現であると感心した。しかも牧野富太郎が用いた、つるの巻き方を覚える優れた連想表現が、形を変えて生きることにもなる。
(追記) つる茎が右腕で巻きついているか(右腕巻き)、左腕で巻きついているか(左腕巻き)、によって「右腕巻き、左腕巻き」を使用しているとのご意見を小野順子氏より寄せられた。この表現もまた簡潔で定義や説明が不要な優れた表現であり、早速図にも取り入れさせていただいた。小野順子氏(大阪府)に御礼申し上げます。
(09/2/2追記)

左巻き右巻きからの脱却
 最近の多くの文献が、物理学、化学、動物学の定理に合わせる方向に向かっていることは学問的には正しいのかもしれない。しかし「右巻き、左巻き」の表現にこだわらなければならない理由があるだろうか。今後出版される文献や図鑑類で、「右巻き、左巻き」表現がこれまでどおり用い続けられるならば、学問的に正しくともこの混乱からの脱却はできないと思う。観察現場での事例を見ても、左右巻きの混乱を解消するには「右巻き、左巻き」を使用しないことが必須条件のように思える。

 指導を受ける立場にたって考えてみると、左右巻きを教わり、その定義を教わり、混乱の経緯を教わる現在のやり方と比べ、対象つる植物を、みたまま、あるがまま、そのまま左右の手や腕の形で認識できる「親指方向巻き」や「腕巻き」式のほうが優れているように思える。筆者は今後これらの方式を取り入れたやり方を実践していこうと考えているが、もしご賛同いただけるなら、この表現方法で良いのか、あるいはもっと良い表現があるのか、いずれにせよ「右巻き、左巻き」を使用しない方法を是非ご一考いただき、ご使用いただけないだろうか。多くの方の考えや指導法がそのような方向に向かえば、文献でも「右巻き、左巻き」を用いない表現が主流になる日が来ることも期待され、問題の解消に向かう可能性がある。
 若い方々が植物研究や植物趣味に新しく参加されて来られた時、混乱している一部の種での植物和名の解消なども課題であるが、余分な労力をかけさせる必要はないと思う。

その後(追記)
 今回の提言の後にメーリングリストなど各方面から多様な意見が寄せられ、その中で さしば氏の「つる植物の巻方向」を拝見する機会を得た。一覧表形式でつる植物全体が良く記録研究されており、特に各文献での巻き方を記述する項目では「S・Z巻き」を用い、今までこの方式を使用してこなかった筆者にも違和感なく一覧表が理解でき、しかも表組などではこの方式が巻き方を一文字で表わせるという利点を持つことを認識した。

◇巻き方の覚え方は、各人が従来から用いてきた方式や、一番使いやすい覚えやすい方法を、それぞれ工夫され使用することで良いと思う。

◇左右巻きの混乱が解消される場合の可能性を考えたばあいには、有力な図鑑類などでの採用が不可欠であり、その場合に考慮されるべき点は、従来からあまりなじみのない語句や一般的でない語句は敬遠される可能性が高く、表現の適切さ、わかりやすさなどの基本的要素に加え、記述のしやすさ、語句の短さ等も重要な選択要素になると考えられる。この観点に立って改めて覚え方の各語句を検討してみると、簡単な定義は必要だが文章で記述する場合には「S・Z巻き」が最も扱いやすく、統一に対応できる表現候補であるように思える。
 かりに今後出版される有力な図鑑類で「S・Z巻き」が使用されることがあるなら、それをきっかけとして左右巻きの混乱が解消する方向に向かうことは、充分ありえるのではないだろうか。

 左右巻きの混乱の現状を記録しておきたいと考察してきたが、混乱解消への道を模索し優れている考えを取り入れて進めてきた結果、現時点ではこのように考えている。(09/2/10追記)


 本稿作成にあたっては、山下照子氏(東京都)がおつくりになった資料、さしば氏のHPから貴重なヒントを得た。ここに御礼申し上げます。(2009/1/30初稿;2009/2/10改定;2010/11/4pdfファイルに追記 山口純一)

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参考文献
林弥 栄(監修) 1989.山渓ハンディ図鑑 野に咲く花,622pp.山と渓谷社.
家永善文ほか 1993.新訂 図解植物観察辞典,818pp.地人書館.
神奈川県植物誌調査会編 2001.神奈川県植物誌2001,1580pp.神奈川県立生命の星・地球博物館.
北村四郎ほか 1957-1979.原色日本植物図鑑 草本T・U・V,木本T・U.保育社.
牧野富太郎著 大橋広好ほか編 2008.新牧野日本植物図鑑,1458pp.北隆館.
室井綽・清水美重子 2003.ほんとの植物観察 1・2.地人書館.
長田武正 1976.原色日本帰化植物図鑑,425pp.保育社.
佐竹義輔ほか 1981-1989.日本の野生植物 草本T・U・V,木本T・U.平凡社.
清水矩宏ほか 2001.日本帰化植物写真図鑑,554pp.全国農村教育協会.
清水建美編 2003.日本の帰化植物,337pp.平凡社.
鈴木三郎 1997.植物の右と左.朝日百科 植物の世界 1:286-288.朝日新聞社.
千葉県史料研究財団編 2003.千葉県の自然誌 別編4 千葉県植物誌,1181pp.千葉県.

参考サイト
つる植物を追いかけて」蔓植物全体を対象とした頁です。よく研究されています。(山下照子氏の頁)
つる植物の巻き方向」蔓植物全体を対象とした頁です。よく研究されていて。(さしば氏の頁)
広沢 毅 2009.稲城野草散策の会 里山紳士録 ウマノスズクサ. http://www.bepal.net/w_satoyama/42.html (2009/1/30アクセス)
本多郁夫 2009.石川の植物 掲載種一覧 ヘクソカズラ. http://www48.tok2.com/home/mizubasyou/95hekusokazura.htm (2009/1/30アクセス)
切手植物園 2009.マメ科 フジ属. http://www.plantstamps.net/index.html (2009/1/30アクセス)
ウィキペディア 2009.(検索)「右巻き、左巻き」. http://ja.wikipedia.org/wiki/ (2009/1/30アクセス)

《余談》
 ヘクソカズラに関しては、ヒットしたWeb上の画像総てを検証したが、巻き方の判断できる画像では総て右手親指方向巻きであった。しかし千葉県植物誌2003には逆の巻き方を示す写真がある。どんな場合にも例外があるので、ごく稀には異なる巻き方をする変わり者があるのである。もしつる植物で例外的な巻き方をする個体をみつけられたなら、記録しておきたいと思いますので是非お知らせください。


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