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キンガヤツリムツオレガヤツリホソミキンガヤツリの関係〕(09/6/24)

《はじめに》
 カヤツリグサ科ムツオレガヤツリ亜属のホソミキンガヤツリの和名を筆者がはじめて知ったのは、神奈川県植物誌2001であった。古くから千葉県や琉球以南で生育が知られていた
Cyperus odoratus L. は、ムツオレガヤツリともキンガヤツリとも呼ばれていたが、これに外観が良く似た C. engelmannii Steud. が、本州各地に帰化してきたことが始まりである。
 堀内(2003)が、「最近本州各地に帰化したと推定され広く採集され、正しく認識されないままにキンガヤツリと同定され・・・中略・・・地方版レッドデータブックなどの書籍にも載るようになった植物があります。一般的には、この植物がキンガヤツリと広くご認識されています」と述べたように、新しく帰化した
C. engelmannii と、古くからあった C. odoratus とが混同されるようになった。

 堀内(2003)は、「古くからある植物に対しキンガヤツリの和名をそのまま使うと両者を混同してしまう可能性が高いため、便宜的に神植誌では古来から日本にある植物に対し一般では余り使われていないムツオレガヤツリの和名を第一にあげキンガヤツリを別名としました。他方、最近帰化したと思われるものにも区別を明確にするため新たな和名が必要と考え、古来日本にあるものに比べ熟した痩果が細いためホソミキンガヤツリと北川さんが新称されました」とその間の事情を述べている。
 従来からの経緯を調べ、整理記録し以下にまとめた。

《神奈川県植物誌2001以前の文献での
C. odoratus の取扱い》
・大井(至文)は、キンガヤツリ(ムツオレガヤツリ)
C. odoratus L. としている。
・大井(平凡)は、キンガヤツリ(ムツオレガヤツリ)
C. odoratus L. としている。
・小山(保育)は、ムツオレガヤツリ(キンガヤツリ)
Torulinium odoratus (L.) S. Hooper としている。
・杉本(井上)は、ムツオレガヤツリ(キンガヤツリ)
C. odoratus L. とし、検索表ではキンガヤツリを用いている。
・勝山(神誌88)は、キンガヤツリ(ムツオレガヤツリ)
C. odoratus L. としている。
・林・他(山渓)は、キンガヤツリ(ムツオレガヤツリ)
C. odoratus L. としている。
・帰化写真(2001)は、キンガヤツリ
C. odoratus L. としている。

《 同 記述内容》
・大井(至文)は、本州(安房)にまれに産する;鱗片楕円形、長さ3mm;痩果は狭倒卵形、3稜形少し扁平。
・大井(平凡)は、千葉(まれ)・琉球に生え・・。(鱗片などのサイズ記述なし)
・小山(保育)は、本州(千葉県だけ)、琉球以南両半球の熱帯に分布。(鱗片などのサイズ記述なし)
・杉本(井上)は、本(房総)。(鱗片などのサイズ記述なし)
・勝山(神誌88)は、千葉、徳島、琉球より知られ帰化したものとゆう説もある;鱗片長さ約3mm;痩果は倒卵形、約1.5mm。
・林・他(山渓)は、千葉県や東京都、徳島県、沖縄県などに帰化している;鱗片長さ2.5-3mmの楕円形;果実は3稜形。
・帰化写真(2001)は、日本には古い時代から小笠原諸島、南西諸島にみられる;痩果は狭長楕円形で3稜があり・・。

《神奈川県植物誌2001での提案
・堀内(2003)は、「ムツオレガヤツリ(キンガヤツリ)とホソミキンガヤツリ。神植誌では両者を別種としして扱い、日本に昔から記録があると考えられるものにムツオレガヤツリ(キンガヤツリ)の和名と
C. odoratus L. の学名を、近年日本に帰化したと考えられるものをホソミキンガヤツリの和名を新称し C. engelmannii Steud. にあてました」と述べ、神奈川県植物誌2001では、
◇ホソミキンガヤツリ;鱗片は長楕円形、3〜3.5mm、巾1.2〜1.5mm;痩果は長楕円形、1.5〜1.8mm、3稜のある円筒形。
◇ムツオレガヤツリ;鱗片は広楕円形、約2.5mm、巾1.5〜2mm;痩果は倒卵形、1.2〜1.5mm、平たい偏3稜形。
の違いを示した。 この頁top

《最近の文献での
C. odoratus の取扱いと記述内容》
・北川・堀内(神誌01)は、ムツオレガヤツリ
C. odoratus L. ;「千葉県、神奈川県の海岸沿いの地域、高知県、琉球」。「長田帰化(76)は日本のものは帰化と推定している。横浜市や横須賀市の埋立地のものは一時的な帰化。房総半島や三浦半島の海岸付近で採集されたもののなかには自生と思われるものが有る」と記している。

・勝山(平凡)は、ムツオレガヤツリ(キンガヤツリ)
C. odoratus L. ;「在来説もあるが、少なくとも最近になって本州各地で記録されているものは帰化によるものと考えられる」とし、「ムツオレガヤツリは琉球を除くとまれなものと思われる」と記している。

・谷城(千誌03)は、キンガヤツリ(ムツオレガヤツリ)
C. odoratus L. ;「県南の館山市に生育する個体は利根川流域のものとは異なるようにみえる」とし、神奈川県植物誌2001の C. engelmannii を含んだ3種検索を引用している。

・谷城(2007)は、キンガヤツリ
C. odoratus L. ;「鱗片の長さが3mmで、果実が倒卵形のものが古くから土着していたキンガヤツリである」と記している。

C. engelmannii種としての取扱い》
・北川・堀内(神誌01)では、「
C. odoratus はアメリカ大陸で変化が大きく、Gleason(1952)、Radford et al.(1968)、Mohlenbrock(1976)、Steyermark(1981)、は C. engelmanniiC. ferruginescens を分け、Tuker(1994)や Yatskievych(1999)は変異は連続していて区別できないとして C. odoratus に合一している。また、Diggs et al.(1999)は C. odoratus に含めながらも C. engelmannii を変種として区別している。日本の C. odoratus と帰化している C. engelmannii は、花序や小穂、果実などに明らかな形態的相違が認められるので、ここでは C. engelmannii を認め、ホソミキンガヤツリと新称する」と記している。

・勝山(平凡)ではホソミキンガヤツリ、ヒメムツオレガヤツリ、ムツオレガヤツリの3種に関して、「これら3種は種を広くとらえる場合には
C. odoratus に含められるが、日本に帰化しているものは区別が可能である」と記している。 この頁top

考察
 ホソミキンガヤツリ新称以前の文献を見ると、古い文献では何れも本州での産地は千葉県を上げ、果実が倒卵形であることからも古くからある植物
C. odoratus を対象としてみていると判断でき、和名はムツオレガヤツリ、キンガヤツリを共に用いていることがわかる。
 林・他(山渓)や帰化写真(2001)の記述は
C. engelmannii をみているとも考えられ、すでに混乱している可能性もある。

 その後に
C. engelmannii が帰化して各地で認識され、誤同定によりキンガヤツリとされてきたと考えると、堀内(2003)が述べた「古くからある植物に対しキンガヤツリの和名をそのまま使うと両者を混同してしまう可能性が高い」というのは説得力があり、特にムツオレガヤツリと呼した場合 C. odoratus を指していることに紛れはないが、キンガヤツリと称したばあいには、判断の紛れる場合があると思う。

 北川・堀内(神誌01)での扱いのように、
C. odoratus に対しムツオレガヤツリを第一に使用することは多くの支持を受ける可能性があり、これによりこの件に関しての今後の和名の混乱は、少ないものと考えられる。

Cyperus odoratus L. ムツオレガヤツリ
Cyperus engelmannii Steud. ホソミキンガヤツリ
Cyperus ferruginescens Boecklr. ヒメムツオレガヤツリ

 最近の文献での取扱いの項をみると、ムツオレガヤツリは在来のものに加えて、同種の別タイプが帰化(淺井の部分帰化と称するもの)しているとする意見が多くみられる。尚、筆者の検証したホソミキンガヤツリでは、鱗片や痩果のサイズは変異の巾があり、必ずしも北川・堀内(神誌01)の示した範囲におさまらない場合もある。両者の違いは痩果の形状が最も良い区別点に思える。(2009/6/24;山口純一)

《参考文献》
林 弥栄(監修) 1993.山渓ハンディ図鑑1 野に咲く花,624pp.山と渓谷社.
堀内洋 2003.[naturplant:790] ホソミキンガヤツについて. 帰化植物メーリングリスト.
勝山輝男 1988.カヤツリグサ科.神奈川県植物誌1988,pp.318-349.神奈川県立博物館.
勝山輝男 2003.カヤツリグサ科.日本の帰化植物,pp.293-301.平凡社.
北川淑子・堀内洋 2001.カヤツリグサ科 カヤツリグサ属.神奈川県植物誌2001.神奈川県立生命の星・地球博物館.
小山鐡夫 1981.カヤツリグサ科.改訂 原色日本植物図鑑 草本編V 単子葉類,pp.210-303,pl.54-75.保育社.
大井次三郎 1982.カヤツリグサ科.日本の野生植物 草本T単子葉類,pp.145-184.平凡社.
大井次三郎著 北川政夫改訂 1983.新日本植物誌 顕花篇,1716pp.至文堂.
清水矩宏・森田弘彦・廣田伸七 2001.日本帰化植物写真図鑑,554pp.全国農村教育協会.
杉本順一 1982.日本草本植物総検索誌U単子葉編,630pp.井上書店.
谷城勝弘 2003.カヤツリグサ属.千葉県の自然誌 別編4 千葉県植物誌,pp.816-898.千葉県.
谷城勝弘 2007.カヤツリグサ科入門図鑑,248pp.全国農村教育協会.


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