トピック目次    HPtop   topic10

考察:ハナハマセンブリの葯はなぜ捩れるのか?〕 

 ハナハマセンブリ Centaurium tenuiflorum (Hoffmanns. & Link) Frittsch は、リンドウ科シマセンブリ属の植物で、欧州原産の帰化植物である。 同属のベニバナセンブリ C. erythraea Raf. との混乱があり、現時点までの各図鑑の記載も整理修正が必要と思われる。又、典型品以外のものがあるということや、両種の雑種があるらしいこと、学名についても諸考察があり、今後修正される可能性もあるが、両種の種子の大きさの違いは明瞭で(のこHP、なかHP)、今回調べた個体は、種子の大きさと花冠裂片の形などを判断材料にしてハナハマセンブリと同定した。

 シマセンブリ属は、葯が螺旋状に捩れることが最も大きな他属との違いで、この性質は極めて特徴的である
(図捩れた葯)。何故葯が捩れるのか?、そして捩れることによってどの様な効果があるのか?、などに興味を持ち調べてみた。

◆植物の動きに関与することの多い水分が、葯の螺旋に関係していないかを調べるため、花糸を切断し水分の補給を絶ってみた。しかし、水分は葯の螺旋とは無関係であった。

◆本種の葯は縦に長い葯室が2個あり、成熟すると縦に裂開して花粉を露出する仕組みであるので、人為的に片方の葯室の表皮を縦に切込んでみた。すると時間が経過するに従い少しずつ切り口が左右に広がり、それにつれて切込を入れた方の葯室全体が歪んできた(A)

 次に別の葯の葯室両側の表皮に切込を入れて観察した。葯は時間と共に、上から見て時計回りに捩れていき、それにつれて切り口は大きく広がり(B)、全方向に花粉を露出させる形になった(C)。このことから媒花昆虫に花粉を付着させる仕組みにおいて、葯の螺旋性がいっそう効率的であることが推測できる。
 尚、花糸に対して葯が横に倒れた状態でつくものが多くみられ(雄しべ図)、調べてみると葯は下部1/5ほどの位置で花糸が葯隔に丁字着しており(丁字着する葯)、この点でも媒花昆虫に花粉を付着させる効率を高めている。 雄しべは5本で、花糸は花筒口部の白い部分(蜜標と考えられる)のすぐ下の内側壁につく(雄しべ)

◆本種は2〜3日花で、夕方に花冠を閉じて翌日また開くのだが、閉じた花冠の中を覗くと柱頭と葯が接触している花
(同)が多数みられ、同花受粉もすることが推測できる。葯の螺旋性は同花受粉に対しても効率的であろう。尚、柱頭は2個でそれぞれ平円盤状を呈し、頭部には透明な毛状突起が密生していて花粉を受ける(図柱頭)

 本種は柱頭と葯の位置関係において、一見2タイプの花がみられた。柱頭が葯群よりも抽出(同)していて、他家受粉を求めていると考えられるもの。このタイプは花冠が閉じても同花受粉はしないと考えられる。もうひとつのタイプは、柱頭と葯群との高さは同じだが、それぞれ片側に寄っていて、柱頭と葯群とが横に離れている花(同)。こちらは初めは同花受粉を避けるため離れていると考えられるが、花が閉じると葯と柱頭が接触して同花受粉をする。

 上記で「一見2タイプ」と表現したのは、この2タイプが良く目につくためで、実際には本種の花筒・雌しべ・花冠などは、いずれも長さの変化が著しく、必ずしも一定ではない。そのため雄しべと柱頭との離れぐあいは連続的である。また、特に花筒の短いもの(花冠も短め)が幾つか見られ、それらは花冠と雄しべの位置も低くなるが、柱頭はそれほど低くならないので、結果として花冠が閉じた場合に、花冠よりも柱頭部分が抽出しているものも見られる(図花筒が短い花冠)

◆葯の螺旋の方向は、調べた限りではすべて上から見て時計回りに螺旋していた。花冠裂片は外側正面から見て左側の縁を隣の花冠裂片の内側に入れる片巻き状で、若い蕾の巻き方や、夕方閉じた花冠、萎れた花冠などで、何れもこの状態がみられる。

 これらのことから次のようにも考えられる。
 本種の花の部分は潜在的に時計回りの螺旋性質を持っている。そのため開花時には逆向きの力が働いて開花するが、閉じるときはその力が働かないために本来の螺旋性の力で時計回りに閉じるのではないだろうか。又、葯が若い時には葯室の表皮の張力で保たれていたバランスが、花粉の成長による表皮への圧力と、潜在的な螺旋性質による力とが加わって表皮が裂開し、裂開することによって時計回り方向への螺旋が強く進行する。この螺旋性質は花冠の動きに関与すると共に、葯を螺旋させることによって繁殖効率を高める作用を担っているのではなかろうか。

◆ハナハマセンブリは、花筒入り口の白い部分(雄しべ)が訪花昆虫へのガイドと考えられるが、花筒内には蜜を持たず、もっぱら訪花昆虫には花粉を提供する花であり、同花受粉も用意しているといえよう。子孫を残す為の細かい仕組みを色々と工夫していて、大変興味深い植物である。
 なお筆者は、本種はまだまだ未知の部分をもっていると考えている。例えば柱頭と葯群とが不自然に離れて位置するメカニズムなどは、まだ理解できないでいる。幾つか材料はあるものの、因果関係を突きとめるまでには至っていない。また、同花受粉しないタイプの花が、どの様に受粉するのかについても不明である。今後の更なる解明を待ちたい。

《謝辞》
 この項を掲載するに当たり、naturplant(帰化植物ML)にて、ハナハマセンブリつりーの皆様、特に植村修二氏、勝山輝男氏からは貴重な情報やご示唆をいただいた。
「のこHP」「なかHP」は、類似2種比較の詳細な研究検討がなされており、現在最も信頼できる研究内容と考えられ、大変参考になった。「なかHP」の「ベニバナセンブリとハナハマセンブリの2種について、5受粉」では、詳細な受粉時の様子が記録されており、大変参考になった。金子氏、中村氏には貴重なご意見をいただいた。ここに厚く御礼申し上げます。(07/7/13 山口純一)

参考HP
金子紀子 2003.のこのこ このこ,ハナハマセンブリ・ベニバナセンブリ. http://www.geocities.jp/noko_kika/centaury.html (07/7/13アクセス) (略記 のこ)
中村 功 2005.
なかなか植物ルーム,ベニバナセンブリとハナハマセンブリの2種について. http://www.juno.dti.ne.jp/~skknari/fr-benibana-hanahama.htm (07/7/13アクセス) (略記 なか)

主な参考文献
邑田 仁 2003.リンドウ科 シマセンブリ属.日本の帰化植物,p.156.平凡社. (略記 H帰)
大場達之 2003.リンドウ科 シマセンブリ属.千葉県の自然誌 別編4 千葉県植物誌,pp.452-453.千葉県. (略記 T)
佐竹義輔 1981.リンドウ科 シマセンブリ属.日本の野生植物 草本V合弁花類,p.28.平凡社. (略記 H)
清水矩宏 森田弘彦 廣田伸七 2001.日本帰化植物写真図鑑,554pp.全国農村教育協会. (略記 帰化写真)
田中京子 2001.リンドウ科 シマセンブリ属.神奈川県植物誌2001,p.1128.神奈川県立生命の星・地球博物館. (略記 K)
                            
この頁top



ハナハマセンブリの分解図
この頁top

 syokubutu kensaku