〔イネ科各種の受粉の秘密〕 トピック目次 HPtop イネ科top topic07
この頁は、花生態学の第一人者である田中肇氏が、以前に発表された身近に見られるイネ科各種の、受粉に関する大変興味ある論文を、筆者が若干改変したものである。イネ科という一見目立たない植物であるため、この様な貴重な研究でありながら一般的にはなかなか目に触れる機会が少なく、是非多くの方にも知っていただきたいと考え、田中肇氏のご好意を得て概略を掲載した。
長田武正先生も日本イネ科植物図譜の序文に「その花は小さく地味ではあっても、構造はまことに千差万別、じつに興味深い植物群である」と述べられておられるが、イネ科植物の花を詳しく見てみると大変美しい構造をもつものも多く、造形の妙を感ぜずにはいられない。そして、この論文によって初めて知るイネ科植物たちの受粉の秘密や工夫など、我々を驚かすことが随所に記されていて、イネ科植物の魅力が広がる。
尚、イネ科の受粉についてはイネやコムギなど栽培種では詳細な研究があるが、日本の野生種についてのまとまとった報告は、田中(1974,1975)のみである。この報告ではは25種が記載されたのみで、日本におけるイネ科の殆どはまだ未解明であり、今後明らかにされることを願う。 全体的注目点
1.ネズミノオ 2.シバ 3.セトガヤ 4.スズメノテッポウ 5.イヌムギ 6.トボシガラ 7.スズメノカタビラ 8.オオイチゴツナギ 9.カゼクサ
10.オヒシバ 11.チカラシバ 12.ケチヂミザサ 13.コメヒシバ 14.メヒシバ 15.アキメヒシバ 16.スズメノヒエ 17.エノコログサ
18.アキノエノコログサ 19.キンエノコロ 20.オオクサキビ 21.ヒメイヌビエ 22.ススキ 23.アシボソ 24.コブナグサ 25.ジュズダマ
文献 田中 肇.1974.イネ科野生種の受粉(1).植物研究雑誌49:309-314.
田中 肇.1975.イネ科野生種の受粉(2).植物研究雑誌50:25-32.
(論文の要旨は変えずに多少改変した。(注)と「小穂の構成」は筆者が加えたものである。種の並びは、小穂の構成型別に配置した。学名は論文どおり用いた。文中の頴は次のように用いる、 glume
苞穎、 lemma 護穎、 palea 内頴) (07/02/02 山口純一)(ジュズダマの小穂の構成を07/9/17、一部修正した)
(鱗被について;イネ科の小花では、鱗被 lodicule が多くの種の開花にかかわっていて、論文中の重要な注目点にもなっているので触れておく。鱗被とは小花の中にあり、花被片に由来した半透明で小さな膜状または塊状のもので、開花に際し1度だけ吸水して膨らみ、護穎と内頴を押し広げる働きをする。時には属以上の分類に役立ち、分類学上の役目は大きいが、種の検索には余り使われていない。鱗被は図2のイヌムギの小花の中に描かれている。)
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イネ科各種の受粉の秘密
1.ネズミノオ Sporobolus indicus R.Br. (図1)
◇小穂の構成;属は1小花型で、両性1小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇受粉の観察;開花時には柱頭を小穂の両側に出し、葯は穎より高い位置で裂ける。そのため葯と柱頭が接する同花受粉は稀だが、小穂が密集しているため時に隣花受粉がおき、35%ほどの花で同花受粉か鱗花受粉をしていた。
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2.シバ Zoysia japonica Steud. (図1)
◇小穂の構成;属は1小花型で、両性1小花と苞穎(小穂と同長型)で構成される。
◇小花の秘密;鱗被がなく、その膨大によって頴が開く仕組みではない。第1苞穎は退化し革質の第2苞穎が小花を抱く。第2苞穎は縁辺の下部1/3が合し、上2/3の縁辺は膜質で合せず、柱頭や雄しべは膜質部をおし開いて花外に出る。雄しべ雌しべの活動期をずらす方法で同花受粉を避け、確実に他花受粉をさせる可能性を高めている。
◇花の性表現;雌性先熟。小花は雌性→中性→雄性と変化する雌性先熟花である。まず柱頭が外に出て(雌性期)、のち柱頭が枯れ(中性)、次に葯が外に出る(雄性期)。
◇開花の観察;上から下の小花へと咲きすすむ。
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3.セトガヤ Alopecurus japonicus Steud. (図1)
◇小穂の構成;属は1小花型で、両性1小花と苞穎(小穂と同長型)で構成される。
◇花の性表現;雌性先熟。小花の性は雌性→両性→雌性と変化する。まず柱頭が外に出て(雌性期)、つぎに葯が出て裂開(両性期)し、柱頭の周囲に花粉を出す。
◇受粉の観察;葯が外に出かけていたり、裂開しはじめている花の84%までは花序を包む葉鞘内にあった。
◇小花の秘密;鱗被がなく、鱗被の膨大によって頴が開く仕組みではない。護穎は縁辺の下部が合し、上半部のみにすきまがあるため雄しべや柱頭は護穎上部の隙間から伸び出る。これは同花受粉を避ける仕組みではあるが、実際の上記観察では同花受粉花とよぶべき傾向が示されている。
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4.スズメノテッポウ Alopecurus aequalis Sobol. var.amurensis Ohwi (図1)
◇小穂の構成;属は1小花型で、両性1小花と苞穎(小穂と同長型)で構成される。
◇花の性表現;雌性先熟。小花の性は雌性→両性→雌性と変化する。
◇受粉の観察;小花は柱頭の出はじめには葉鞘内にあるが、それ以後は葉鞘から抜け出るので、同花受粉と風による受粉とをする。
◇花後の子房;10株での913小花中の879小花(96%)に子房肥大が見られた。
◇小花の秘密;鱗被がなく、鱗被の膨大によって頴が開く仕組みではない。護穎は縁辺の下部が合し、上半部のみにすきまがあるため雄しべや柱頭は護穎上部の隙間から伸び出る。
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5.イヌムギ Bromus catharticus Vahl. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は4〜6小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇受粉の観察;殆どの花が閉鎖花。閉鎖花内部では葯は柱頭の下半部に密接し、柱頭に向いた面で裂開し同花受粉する。また葯が穎の外に出る開放花では、柱頭は短かくて先を穎の外にのぞかせることはない。頴が閉じる時に、雄しべと柱頭は頴外に残るものが多いが、本種の開放花では雄しべを残して、柱頭は再び頴内に閉じこめられる。
◇小花の秘密;閉鎖花の内穎の長さは護穎の長さの1/5〜1/3で、開放花での比1/2より小さい。これは、閉鎖花では開花のさいの支点となる必要がないため小形化したものと考えられる。(注;護穎と内頴の比については、トピック「ヤクナガイヌムギについて」をご参照下さい。野外にてイヌムギの開放花株やヤクナガイヌムギは稀に見られるが、両種における研究なども大変興味ある題材である。)
◇花後の子房;25株での122小花中の113小花(93%)に子房肥大がみられた。
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6.トボシガラ Festuca parvigluma Steud. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は両性の3〜5小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇受粉の観察;葯は花柱の上方で裂開する。まれに(17%)葯と柱頭が接している花があった。
◇花後の子房;17株での138小花中の118小花(92%)で結実した。
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7.スズメノカタビラ Poa annua L. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は2〜3小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇小花の秘密;頂生小花は雌性で、それ以外は両性小花である。(注;このことは本論文にて初めて知り、実際にも検証して大変に驚いた。今までこの事実に着目している文献を知らない。筆者観察では、アオスズメノカタビラに相当する個体では、頂生の次(2番目)の小花で、稀に雌花がみられた。アオスズメノカタビラについては、トピック「ツルスズメノカタビラとは」をご参照下さい。)
◇開花の秘密;1小穂内では、最初に開花するのは雌小花、または両性小花と雌小花が共に開花。つぎに他の両性小花が開くが、その開花順序は一定していない。多小花型の小穂では、下の小花から上えと開花が進むのが常だが、本種では雌花を先に開花させることによって、他家受粉の機会を高めて遺伝的多様性を求め、両性花は同花受粉をしてでも子孫を確実に残そうとしている。
◇受粉の観察;葯は形態的には柱頭より高い位置で裂ける。しかし、多くの小穂は地面に対し水平に近い状態で開花するため、葯から花粉が落下して同花受粉することは稀であると考えられる。頴が閉じる時に、雄しべと柱頭は頴外に残るものが多いが、本種では雄しべを残して、柱頭は再び頴内に閉じこめられる。
◇葯と柱頭が接して同花受粉していた花は25株での136小花中の27小花(20%)であった。
◇花後の子房;雌小花では12株での56小花中の49小花(88%)で子房肥大がみられた。両性小花では12株での136小花中の134小花(99%)で子房肥大がみられた。
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8.オオイチゴツナギ P. nipponica Koidz. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は2〜5小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇小花の秘密;50個の頂生小花の調査で、42小花が雌花、6小花が両性花、2小花が不稔であった。頂生以外は両性小花。
◇開花の観察;1小穂内での開花順序は不定であった。開花は早朝で1〜2時間で閉じる。
◇受粉の観察;葯や柱頭は頴外にはあまり伸び出ず、葯と柱頭が接して同花受粉していた両性小花は10株での124小花中の108小花(87%)であった。
◇花後の子房;頂生小花では25株での50小花中の40小花(80%)で子房肥大がみられた。両性小花では25株での158小花中の148小花(94%)で子房肥大がみられた。
(注;筆者観察では、オオイチゴツナギの頂生の次(2番目)の小花においても、葯が退化した小花が比較的多くみられた。
また、身近な他のPoa属では、ミゾイチゴツナギ、ヤマミゾイチゴツナギでは頂生小花は雌花であった。オオスズメノカタビラ、ナガハグサ、イチゴツナギなどは総ての小花が両性小花であった。これらは調査個体数少なく本格的研究ではないが、同定にも使えそうな可能性を秘めた、興味深い結果である。)
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9.カゼクサ Eragrostis ferruginea P.Beauv. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は2〜6小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。頂生小花は不稔でそれ以外は両性小花。
◇開花の観察;下から上の小花へと咲きすすむ。
◇受粉の観察;葯と柱頭はふれることはまれで積極的に同花受粉する様子はない。
◇花後の子房;15株での129小花中の104小花(81%)で結実した。
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10.オヒシバ Eleusine indica Gaertn. (図2)
◇小穂の構成;属は多小花型で、本種は両性の3〜6小花と苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇開花の観察;下から上の小花へと咲きすすむ。
◇花の性表現;雌雄同熟である。
◇受粉の観察;葯と柱頭との間は0.5〜1mmほど離れており、積極的に同花受粉をする花ではない。
◇花後の子房;25株での118小花中の102小花(86%)で子房肥大がみられた。
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11.チカラシパ Pennisetum alopecuroides Spreng. form.purpurascens Ohwi (図3)
◇小穂の構成;属は2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞頴(小穂より短い型)で構成される。
◇小花の秘密;鱗被は根跡的で穎をおし開くことはなく、頴先のゆるい合わせ目から花柱や雄しべが外に出る。雄しべ雌しべの活動期をずらす方法で同花受粉を避け、確実に他花受粉をさせる可能性を高めている。
◇花の性表現;雌性先熟。小花の性は、雌性→中性→雄性または雌性→雄性、と変化する雌性先熟花。同花受粉はできない。
◇受粉の観察;花穂が伸びて小穂が葉鞘から抜け出ると、すぐに花柱が伸び出る(この時の小穂は垂直に近い状態)。その後花柱は枯れて、雄しべが伸びてくると枯れた花柱を押して脱落させる(中性期)。雄しべが裂開するころ(雄性期)は小穂は斜め上向きになり、雄しべの葯は先端から裂けはじめ全裂する。
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12.ケチヂミザサ Oplismenus undulatifolius Roemer et Schultes (図3)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、両性の1小花、護穎のみに退化した小花、および苞穎(小穂より短い型)で構成される。
◇開花の観察;ややおそく午前9時〜11時頃開花。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。頴は30度ほど開き、雄しべと柱頭が出るとただちに閉じる。葯は穎外に完全に出てから柱頭に接した状態で全長にわたり裂開。58小花中の54小花(93%)で同花受粉をしていた。葯は裂開後も花糸が伸長して垂れ下がる。柱頭は翌日には長さが約2倍の4mmほどになる。
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13.コメヒシバ Digitaria ciliaris Hornem. (図3)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞穎(小穂より短い型)で構成される。花序の総には、長柄と短柄を持つ小穂が対になり、片側に2列に並ぶ。本種の第1苞穎は微小。
◇開花の観察;早朝開花する。長柄をもつ小穂の小花が先に開花。短い柄をもつ方が後日開花する。
◇鱗被の働き;鱗被は両性小花と不稔小花の両方に各1対づつあり、共に膨大し穎をおし開く。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。開花時に穎は20度ほど開く。葯は柱頭に接した状態で裂開し、ただちに同花受粉する。21株での140小花中の136小花(97%)が同花受粉とみられる。
◇花後の子房;10株での116小花中の112小花(97%)で子房肥大がみられた。
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14.メヒシバ Digitaria adscendens Henr. (図3)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞穎(小穂より短い型)で構成される。花序の総には、長柄と短柄を持つ小穂が対になり、片側に2列に並ぶ。本種の第1苞穎は微小。
◇開花の観察;早朝開花する。長柄をもつ小穂の小花が先に開花。短い柄をもつ方が後日開花する。
◇鱗被の働き;鱗被は両性小花と不稔小花の両方に各1対づつあり、共に膨大し穎をおし開く。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。開花時に穎は20度ほど開く。穎が開き始めて10数分後に葯が完全に出て裂開する。葯の裂開は柱頭に接したままで同花受粉する。今回の13株での107小花では100%であった。
◇花後の子房;10株での196小花中の192小花(98%)で子房肥大がみられた。
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15.アキメヒシバ Digitaria violascens Link. (図3)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞穎(一方は小穂と同長、一方はほぼ消失型)で構成される。花序の総には、長柄と短柄を持つ小穂が対になり、片側に2列に並ぶ。
◇開花の観察;長柄をもつ小穂の小花が先に開花。短い柄をもつ方が後日開花する。
◇鱗被の働き;鱗被は両性小花と不稔小花の両方に各1対づつあるが、不稔小花の鱗被は痕跡的で働かず、両性小花の鱗被のみ膨大し穎をおし開く。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。開花時に穎は45度ほど開き、柱頭と葯が外に出る。葯は柱頭に接したままで裂開し同花受粉する。同花受粉は15株での116小花中の115小花(99%)であった。
◇花後の子房;10株での349小花中の325小花(93%)で子房肥大がみられた。
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16.スズメノヒエ Paspalum thunbergii Kunth (図4)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞穎(一方は小穂と同長、一方は消失型)で構成される。花序の総には小穂が片側に2〜4列に並ぶ。
◇開花の観察;花は外側の2列が先に、のち内側の2列が開く。早朝開花する。総は中軸に対し80〜120度ほど開出し、小穂は下を向くむくように下側に並ぶ。
◇受粉の観察;開きはじめから20分程で折りたたまれていた柱頭が外に出る。さらに15分程のちに葯が出てくる。葯は先端部のみが裂け、花粉がこぼれ落ちる。小穂が密接しているのと、花糸が長いために、開花当初には1つ前の小穂の柱頭に後ろの小穂の葯が接して、隣花受粉がおきる。開花から1時間半後には穎は閉じる。
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17.エノコログサ Setaria viridis Beauv. (図4)
◇小穂の構成;属は2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞頴(一方は小穂と同長、一方は短い型)で構成される。
◇開花の観察;1971年7月25日調査:目の出の約2時間後(午前7時頃)から開花はじまり、同8時頃が最もさかんで、8時45分には全ての花が穎を閉じていた。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。開花当初は葯は柱頭から離れて裂開し同花受粉はできない。開花後20〜30分経過する間に花糸が水分を失ない、縮れて短かくなり、葯は柱頭に近づき、最後は閉じた穎の外に残された柱頭に接し花粉をつける。同花受粉していた花は、12株での138小花の136小花(99%)。柱頭に受ける花粉の量は風媒によるものより、同花受粉によるもののほうがはるかに多いようである。
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18.アキノエノコログサ Setaria autumnalis Ohwi (図4)
◇小穂の構成;属は2小花型で、本種は両性の1小花と不稔小花、および苞頴(一方は小穂と同長、一方は短い型)で構成される。
◇受粉の観察;本種は同花受粉花とよぶべき。エノコログサ同様に、葯は柱頭から離れて裂開し、のちに花糸が縮れて短くなり柱頭と接する。同花受粉していた花は、18株での131小花の125小花(95%)であった。
◇花後の子房;10株での659小花中の489小花(74%)で子房肥大がみられた。
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19.キンエノコロ Setaria pumila Roem. et Schult. (図4)
◇小穂の構成;属は2小花型で、本種は両性の1小花と雄性1小花、および苞頴(一方は小穂と同長、一方は短い型)で構成される。(注;本種の小穂の構成では、一般的には両性小花と不稔小花との組合せと記載されるが、田中氏は観察によって、両性小花と雄性小花の組み合わせであることを確認された。筆者はこのことを本論文で初めて知った。尚、コツブキンエノコロも同様であった<Y07/8/6>)
◇開花の観察;雌雄同熟の両性小花がまず開花し、他日に雄小花が開く。
◇受粉の観察;両性・雄性の両小花ともに、花糸の先端近くは開花後すぐに水分を失ない、丁字着の葯は風にゆられ早く空になる。両性小花では、葯の中央部が柱頭の先端とほぼ同位置になった頃に葯が裂けはじめ、花粉の一部を柱頭上に残す。これは、エノコログサやアキノエノコログサのように、花糸を縮めて柱頭に接触させるような同花受粉の形式ではない。同花受粉と考えられる花は15株での119小花の95花(80%)。
◇小花の秘密;両性小花では、柱頭上に花粉をつけた後も花糸は伸び続けて、葯は柱頭から離れるが、小穂基部の剛毛を越えることはない。しかし、エノコログサ等と異なり雄小花を持つ本種では、雄小花の花糸は小穂基部の剛毛より長く伸びて花粉を出し、他の株での他家受粉の機会を多くしている。
◇花後の子房;10株での602小花中の484小花(80%)で子房肥大か、または結実した。
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20.オオクサキビ Panicum dichotomiflorum Michx. (図5)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、両性の1小花と不稔小花、および苞頴(一方は小穂と同長、一方は短い型)で構成される。
◇受粉の観察;穎が開くと葯が伸び出て、外に出るとすぐに裂開が始まり、このとき穎の開きは最大の45度ほどになる。その後2〜3分で葯が全裂し、葯が裂け始めてから6〜7分後には、穎は先端を残して殆ど閉じてしまう。開花中に葯と柱頭がふれあって同花受粉される。
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21.ヒメイヌビエ Echinochloa crus-galli Beauv. var.praticola Ohwi (図5)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、両性の1小花と不稔小花、および苞穎(一方は小穂と同長、一方は短い型)で構成される。
◇開花の観察;早朝に開花。
◇受粉の観察;葯は柱頭に接するか、または離れて裂開する。全長にわたって裂ける頃に穎が閉じ、花糸は水分を失い、次第に短縮して、柱頭と離れていた葯も柱頭に接して同花受粉する。小穂が密集しているため、葯と柱頭が接しての隣花受粉もおきやすい。
◇花後の子房;10株での408小花中の379小花(93%)で子房肥大がみられた。
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22.ススキ Miscanthus sinensis Anderss. (図5)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、両性の1小花、護穎のみに退化した小花、および苞穎(小穂と同長型)で構成される。花序の総には、長柄と短柄を持つ小穂が対になる。
◇開花の観察;短い柄をもつ小穂の小花が先に開花。長柄をもつ方が後日開花する。
◇花序の秘密;花序は総が10〜20個ほどの房状で、各総は開花前や開花後は直立しているが、花時にはほぼ水平に弧状開出し大きな空間をしめ、風を利用しての風媒の機会を多くしている。しかも、総中軸上に葯や柱頭は均等に配置されて、重力による花粉の落下での同一花序内での隣花受粉がおき難い配列を作りだしている。
◇受粉の観察;穎は45度ほど開き雄しべと柱頭が伸び出てくる。雄しべが柱頭より長く伸び出た頃に葯の先端が裂け、花粉を散らしはじめる。葯の裂開は中ほど迄で止まり、葯から直接柱頭へといった同花受粉はおきない。花糸は更に伸び続けて葯を穎の外に釣り下げる。
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23.アシボソ Microstegium vimineum A.Camus var.polystachyum Ohwi (図5)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花、護穎のみに退化した小花、および苞穎(小穂と同長型)で構成される。花序の総には、有柄と無柄の小穂が対になる。
◇稈の頂に生ずる花序には開放花がつき、葉鞘内にとどまる花序には閉鎖花がつく。
◇開放花の受粉;小穂は葉鞘の外で穎を開く。
◇葯は弧状に伸び出る花糸により、小穂の両側に釣り下げられてから裂開する。裂開は葯の先端から中ほど迄で、釣り下げ型の葯の特徴をあらわしている。柱頭は小穂の両側に斜め上向きにつき出し、葯より高い位置にあたるため、正常に開花したばあいは接しての同花受粉はしない。
◇開花は日の出後の1時間頃がさかんで、穎は45度ほど開く。開放花の場合でも、穎内で葯が裂けたり、他の小穂に雄しべや柱頭がおし曲げられて、同花受粉をしていた花が23株での161小花中の24小花(15%)あった。また62小花(39%)は隣花受粉していた。
◇花後の子房;15株での448小花中の282小花(63%)で子房肥大がみられた。
◇閉鎖花の受粉;葉腋に生じる花序につき、結実後も花序は葉鞘の中にとどまる。
◇花後の子房;15株での257小花中の249小花(97%)で子房肥大がみられた。これは開放花の率よりも高かった。
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24.コブナグサ Arthraxon hispidus Makino (図5)
◇小穂の構成;属は構成2小花型で、本種は両性の1小花、護穎のみに退化した小花、および苞穎(小穂と同長型)で構成される。花序の総には、もともとは有柄と無柄の小穂が対になっていたが、有柄の小穂は鱗片状に退化している。
◇受粉の観察;柱頭は穎の両側につき出し、葯は柱頭に接して同花受粉する。
◇花後の子房;10株での103小花中の95小花(92%)で子房肥大がみられた。
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25.ジュズダマ Coix lacryma‐jobi Linn. (図5)
◇花序の構成;雌雄異花で、硬い壷状の総苞葉があり、雌小穂は総苞葉の中にある。雄小穂がつく総の各節には、3個づつの雄小穂があり、中央の雄小穂には柄があり、両側の雄小穂2個は無柄である。雄小穂がつく総の柄は、総苞葉の先から出て下垂する。
◇小穂の構成;雌小穂は構成2小花型で、1個の雌性小花と1個の退化小花の護穎と苞穎(小穂と同長型)で構成される。雄小穂は構成2小花型で、2個の雄小花と苞穎(小穂と同長型)で構成される。
◇開花の観察;雄小花は2個のうち、中軸がわの小花が先に開花し、他日に残りの1小花が開く。雄小花は朝から夕刻まで次々と開花する。
◇受粉の観察;雌小花には鱗被がなく、柱頭は総苞葉の上端から2本を外に出す。雄小花は下むきに開き、葯が長い花糸によって釣り下げられる。葯は先端部のみが裂け、花粉を散らす。
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《全体的な注目点》
◆ジュズダマ以外は「長花糸花」である。長花糸花とは花は柄に固定し、葯が細い花糸の先につき、風に動かされて花粉を散布する花。しかし、葯が柱頭に接した状態で裂開するセトガヤ・チヂミザサ・メヒシバ・コメヒシバ・アキメヒシバなど、葯の裂開後に花糸が短縮して同花受粉をするエノコログサ・アキノエノコログサなど、ほとんどの花が閉鎖花であるイヌムギなどは、風媒花というより常習的な同花受粉花と考えたほうがよい。
◆小花は両性花のみからなる種が多いが、スズメノカタビラ・オオイチゴツナギは両性花と雌花、キンエノコロは両性花と雄花、ジュズダマは雌雄同株であった。
◆セトガヤ・スズメノテッポウ・シバ・ジュズダマの雌花には鱗被がない。チカラシバの鱗被は根跡的である。これらの小花の穎は開くことがなく、雄しべや柱頭は穎のすきまを通って外に出る。(注;セトガヤ・スズメノテッポウ・シバは、小穂の構成1小花型で苞穎が発達しているタイプ。ジュズダマは雌雄異花。)
◆葯は全長にわたって裂開するものが多かったが、葯が大地に対して下むきの状態で裂けるスズメノヒエ・ススキ・アシボソの開放花、ジュズダマでは先端部から1/3ほどまでが裂開し、それ以上進まなかった。
◆小穂が密集しているネズミノオ・スズメノヒエ・ヒメイヌビエ・アシボソの開放花、などでは近隣の小花の葯と柱頭が接して隣花受粉する花が一部でみられた。
◆頴が閉じるにあたり雄しべと柱頭はそのまま頴外に残るものが多い。しかし、イヌムギの開放花、スズメノカタビラでは、柱頭は再び頴内に閉じこめられる。
◆小花の頴が開いている時間は、小穂が1小花からなるものでは短く、数分(オオクサキビ)から1時間ほどである。多小花型では1時間以上にわたることがある。
◆今回調査のうち16種にて、花後に子房肥大がみられたか、または結実した花の率を調査した。全般に虫媒花の結実率(田中1968)より高いことがわかった。この16種のうち同花受粉する率の高い花11種(閉鎖花を合む)では9種までがその率が90%以上で、同花受扮率の低い花8種(雌花を含む)では90%をこえたものはわずか3種であった。
◆小穂の柄の長短2タイプが対になる種類のうち、コメヒシバ・メヒシバ・アキメヒシバ・ススキでは、柄のタイプ別に開花日をずらしている。スズメノヒエは花序総の外側と内側の小穂で開花時間をずらしている。(注;これらはいずれも小穂の構成2小花型である。)
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図1 ( 本頁の図は、田中肇氏よりご提供いただき掲載のご許可を戴いたものであり、無断使用などはお断りする ) この頁top 図2図3図4図5
( 本頁の図は、田中肇氏よりご提供いただき掲載のご許可を戴いたものであり、無断使用などはお断りする ) トピック目次 この頁top
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