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〔コチャガヤツリとチャガヤツリCyperus amuricus Maxim. との、混乱の予感〕(2009/6/14-09/6/22追記)
《はじめに》 結論
神奈川県植物誌2001において北川・堀内は、「日本でチャガヤツリ(広義)といわれているものは、Nakai(1933 Bot.Mag. Tokyo47:236-237,313)が提案したように、チャガヤツリ(狭義)
var. amuricus とコチャガヤツリ var. japonica、の2変種に区別できる」とし、鱗片の長さが1.5mmほどの普通にみられる植物をコチャガヤツリ C. amuricus Maxim. var. japonica Miq. とし、それより稀で鱗片の長さが2〜2.3mmと大きな植物をチャガヤツリ(狭義) C. amuricus Maxim. とした。
そして、「チャガヤツリ(狭義)は小穂の鱗片数が多く、鱗片や痩果が大きく、河川敷などに生えるもので、コチャガヤツリは小穂の鱗片数が少なく、鱗片や痩果が小さく、畑や路傍などの人為的な環境に生え、県内でも普通にみられる」とし、
◇チャガヤツリ(狭義);小穂長さ10〜25mm、巾2mm、鱗片2〜2.3mm、巾1.5mm、痩果長さ1.3mm、巾0.6〜0.7mm。
◇コチャガヤツリ;小穂長さ5〜15mm、巾1.5mm、鱗片1.5〜1.8mm、巾1mm、痩果長さ0.8〜1mm、巾0.4〜0.5mm。
の違いを示した。
近年、神奈川県植物誌2001のこの見解にしたがいコチャガヤツリを認識した文献がいくつかみられるようになってきているが、改めてこの区別について考察してみると、和名学名の混乱につながるおそれがあると考えられるので、従来からの経緯を調べ整理記録し以下にまとめた。
《鱗片長さ1.5mmほどの、通常みられるタイプに対する各文献の取扱と記述》
・牧野(前川)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、小穂長さ7〜15mm、鱗片長さ1.5mm、としている。
・大井(至文)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、小穂長さ7〜12mm、鱗片長さ1.5mm、としている。
・大井(平凡)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.;C. amuricus var. japonica Miq.;C. amuricus var. pterygorrhachis、として、小穂長さ7〜12mm、鱗片長さ1.5mm、としている。
・小山(保育)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、小穂長さ7〜12mm、鱗片長さ1.5mm、としている。
・杉本(井上)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、鱗片長さ1.5mmとしている。
・勝山(神誌88)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、小穂長さ7〜12mm、鱗片長さは芒を除いて約1mmとしている。
・谷城(千誌03)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim.、として鱗片の長さに直接言及はせず、検索表の中で鱗片の長さ1〜1.5mmの中にチャガヤツリを含む3種類をあてている。
《ごく稀な、鱗片などが大きいタイプに対する各文献の取扱と記述》
・北川・堀内(神誌01)は、チャガヤツリ C. amuricus Maxim. var. amuricus; C. textori Miq. β.laxus Franch. & Sav.; C. amurico-compressus T.Koyama、として小穂長さ10〜25mm、鱗片長さ2〜2.3mm、としている。
・杉本(井上)は、チャガヤツリの項で、とくに小穂が長いものをオオチャガヤツリ f. pterygorrhachis といい本州所々に稀、としている。
・北川・堀内(神誌01)は、「異名の C. textori β. laxus の基準産地が横須賀であるが、その後採集された県内産の標本はまだ確認していない」と記している。
・北川・堀内(神誌01)は本種を、過去に確実な記録があるが1988の調査以後見出せなかったもの、として扱い分布図を示していない。
《C. pterygorachis 、及び、オオチャガヤツリに関連する記述》
・堀内(2002)は、「Nakai(1933)は C. pterygorachis C.B.Clarke をチャガヤツリ C. amuricus Maxim. に近縁な別種とし、より分枝した花序を持ち、花軸はより広い翼状で、小穂鱗片はより緑がかり、灰色がかった痩果を持つことで区別できるとしている」と記している。
・堀内(2002)は、「Ohwi(1931)は C. amuricus Maxim. var. pterygorachis (C.B.Clarke) Ohwi という新組み合わせを行い、これにオオチャガヤツリという新和名を与え、新潟県、和歌山県、兵庫県の標本を引用しているが、母変種との違いを明らかにしていない。C. pterygorachis の原記載や基準標本等を確認する必要があるが、アオチャガヤツリが C. pterygorachis である可能性を指摘しておきたい」と記している。
《雑種としてのオオチャガヤツリに関連する記述》
・小山(保育)は、「オオチャガヤツリ(カヤツリグサ × チャガヤツリ) C. babae T.Koyama」と記している。
・勝山(神誌88)は、「オオチャガヤツリ(カヤツリグサ × チャガヤツリ) C. × babae T.Koyama」と記している。
《チャイロクグガヤツリに関連する記述》
・小山(保育)は、「チャイロクグガヤツリ(チャガヤツリ × クグガヤツリ) C. amurico-compressus T.Koyama、鱗片と果実がチャガヤツリより大である」と記している。
・杉本(井上)は、「チャイロクグガヤツリ(チャガヤツリ × クグガヤツリ) C. × amurico-compressus T.Koyama、本(下野)」と記している。
・北川・堀内(神誌01)は、「チャガヤツリ(広義)とクグガヤツリの雑種として記載されたチャイロクグガヤツリ C. amurico-compressus T.Koyama in J.Jap.But.,33:255-256(1958)の基準標本(TNS)を検討したが、これは狭義チャガヤツリであった」と記している。
《オニチャガヤツリに関連する記述》
・杉本(井上)は、「オニチャガヤツリ(キガヤツリ × チャガヤツリ) C. × babae T.Koyama」と記している。(キガヤツリはカヤツリグサの異名)
・北川・堀内(神誌01)は、カヤツリグサとチャガヤツリの雑種をオニチャガヤツリ C. × babae T.Koyama とし、原色日本植物図鑑 草本編Vに対し、「この組み合わせの雑種にオオチャガヤツリの和名を用いているが、これより先に大井(1931 Bot.Mag.Tokyo
45:184)がチャガヤツリの変種 C. amuricus var. pterygorachis の和名に宛てており、和名は混乱を避けるため<杉本検索誌>のオニチャガヤツリを使用した」と記している。この頁top
《考察》
◇Nakai(1933)の提案に対し、その後のいずれの文献もコチャガヤツリ var. japonica とチャガヤツリ C. amuricus Maxim. とを区別していない。普通にみられる鱗片の長さ1.5mmほどの植物に対し、ほぼすべての文献でチャガヤツリ C. amuricus Maxim. を用いており、北川・堀内(神誌01)があえてコチャガヤツリ var. japonica を用いることの必然性がはっきりしない。
◇鱗片の長さが1.5mmよりも大きな植物に対しては、オオチャガヤツリの和名で Ohwi(1931)は var. pterygorachis をあてた。杉本(1982)はオオチャガヤツリ f. pterygorrhachis を用いており、Ohwi(1931)を考慮していると考えられる。しかし北川・堀内(神誌01)は、Ohwi(1931)の記述が母変種との違いを明らかにしていないことをあげ、チャガヤツリ
C. amuricus Maxim. を用いている。
鱗片長さ1.5mmより大きな植物に対してオオチャガヤツリを用いる場合の問題点としては、小山(保育)がカヤツリグサとチャガヤツリの雑種に対し、オオチャガヤツリ
C. babae T.Koyama を用いており、勝山(1988)がC. × babae T.Koyama を用いていることがある。しかし、この雑種に対し北川・堀内(神誌01)は「混乱を避けるため<杉本検索誌>のオニチャガヤツリを使用した」のであるから、鱗片の長さが1.5mmよりも大きな植物に対しては、そのままOhwi(1931)・杉本(井上)のオオチャガヤツリを用いるほうが、チャガヤツリ
C. amuricus Maxim. をコチャガヤツリ var. japonica に置き換える手法よりははるかに混乱が少ない。
◇北川・堀内(神誌01)は、Ohwi(1931)のオオチャガヤツリ var. pterygorachis を「原記載や基準標本等を確認する必要があるが、アオチャガヤツリが C. pterygorachis である可能性を指摘しておきたい」と記しているが、北川・堀内(神誌01)はアオチャガヤツリに対して、「全体的にチャガヤツリ似だが華奢な印象、花序はチャガヤツリに比し小型、枝はチャガヤツリより細い」などとし、小穂長さ6〜10mm、巾2mm、鱗片1.5〜2.2mm、痩果長さ1〜1.3mm、巾0.6〜0.7mm、であることを記している。もし、Ohwi(1931)のオオチャガヤツリ
var. pterygorachis がアオチャガヤツリと同じものだとすると、北川・堀内(神誌01)のアオチャガヤツリ記述内容からは「オオ」を冠するべき理由は読み取れず、そのようなイメージは生まれてこない。
◇筆者はNakai(1933)をみていないが、北川・堀内(2001)は積極的に評価しており、その評価が正しい可能性は高いが、発表後68年を経た現在まで、ほぼすべての文献中でチャガヤツリC. amuricus Maxim. は鱗片の長さ1.5mmほどの植物として扱われており、広く認識されてきている。無用な混乱を避ける意味でも、あえて別の和名を用いる必要はないのではなかろうか。
《結論》
以上のことから、今後の研究により新たな方向が示されるまでは、以下のように取り扱っておきたい。
◇鱗片など普通のタイプ→Cyperus amuricus Maxim. var. amuricus→チャガヤツリ
◇鱗片など大きいタイプ→Cyperus amuricus Maxim. var. pterygorrhachis (C.B.Clarke) Ohwi→オオチャガヤツリ
◇カヤツリグサとチャガヤツリの雑種→Cyperus × babae T.Koyama→オニチャガヤツリ
(2009/6/14-09/6/22追記;山口純一)
《参考文献》
堀内洋 2002.神奈川県植物誌2001カヤツリグサ科への補遺及び正誤.FLORA KANAGAWA 52:613-620.神奈川県植物誌調査会.
勝山輝男 1988.カヤツリグサ科.神奈川県植物誌1988,pp.318-349.神奈川県立博物館.
北川淑子・堀内洋 2001.カヤツリグサ属.神奈川県植物誌2001,pp.398-414.神奈川県立生命の星・地球博物館.
小山鐡夫 1981.カヤツリグサ科.改訂 原色日本植物図鑑 草本編V 単子葉類,pp.210-303,pl.54-75.保育社.
牧野富太郎著 前川文夫・原寛・津山尚編 1981.改訂 牧野新日本植物図鑑,1060pp.北隆館.
大井次三郎 1982.カヤツリグサ科.日本の野生植物 草本T単子葉類,pp.145-184.平凡社.
大井次三郎著 北川政夫改訂 1983.新日本植物誌 顕花篇,1716pp.至文堂.
杉本順一 1982.日本草本植物総検索誌U単子葉編,630pp.井上書店.
谷城勝弘 2003.カヤツリグサ属.千葉県の自然誌 別編4 千葉県植物誌,pp.816-898.千葉県.
筆者も一時慎重さを欠き、小穂の長さ20mmほどの採集品を鱗片などの大きなタイプと誤認してチャガヤツリとコチャガヤツリを区別して考える時期があり、一部の方々には御迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げる。
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